慢性腎臓病Q&A
CKD(慢性腎臓病)の定義について
ヒトでは厚生省のガイドラインにより、どの医療機関を受診しても①尿検査(特に尿蛋白クレアチニン比>0.15)、画像検査、血液検査、病理検査(生検)などで腎障害の存在が確認された場合、あるいは、②血清クレアチニン濃度から推算した糸球体濾過量(eGFR)が60ml/min/1.73m2を下回っている場合のいずれか、または両方が3ヶ月以上持続する場合をCKDと定義しています。
また、保険指導者に対しては尿検査(特に尿蛋白クレアチニン比>0.15)とeGFRに異常があれば速やかに掛かり付け医に連絡し、掛かり付け医では患者が①高度な蛋白尿(尿蛋白クレアチニン比>0.5)、②蛋白尿と血尿の陽性(>+1)あるいは、③eGFRく50 ml/min/1.73m2のいずれに該当した場合速やかに専門医を受診させるシステムが確立されています。
それに対し、犬猫のCKDでは日本独自開発発された定義や専門医への紹介ガイドラインがありません。したがって、日本では飼い主のCKDに対する認識と思慮深さの程度がCKDに罹患した犬猫の運命を左右しているのが現状です。(即ち、どの獣医師を選び、どのような治療を受けさせるか)
そこで、飼い主から寄せられるCKDに関する様々な質問の中から代表的なものをピックアップし、Q&A形式でお答えします。
- 犬猫のCKDとはどんな病気でしょうか?
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私たちは飼い主の方にCKDを説明する場合、欧米の獣医腎臓病専門医の研究グループ(IRIS)が提唱した定義を用います。即ち、安定した患者の①尿検査(尿蛋白クレアチニン比≧0.4)、画像検査(腎臓の縮小)、血液検査(窒素血症)などで腎障害を示す所見が認められ、その異常所見が少なくとも3か月以上持続している場合です。
安定しているとは、検査を受けてる期間中①食欲・元気・飲水量・排尿習慣などが変わらないことを意味しています。そうした状態で、②3か月の間に2週間以上の間隔で、少なくとも2回以上の尿検査・血液検査あるいは画像検査を行い、③その結果を総合的に判断して診断します。1回の検査でCKDや高血圧を診断するような病院は要注意です。
- どのような検査でCKDを診断していますか?
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一般の病院で行う血液検査・画像検査(腹部超音波検査やレントゲン検査)・および尿検査を中心に診断を行います。
血液検査では特に尿素窒素(BUN)、クレアチニン、カルシウム、リン、ナトリウムを必ず測り、尿検査では尿比重、尿蛋白クレアチニン比(尿蛋白の程度を評価)、および尿中のナトリウムとリンの濃度を測ります。
こうした検査から残された腎機能の大まかな値や、腎臓の中で必要な物質(特にナトリウムとリン)を適切に処理してるかどうか(排泄率)がわかります。
こうした検査を2週間間隔で少なくとも2回以上行い、その結果を総合してCKDの確定診断を下します。また、年齢が若く、長い闘病生活が予想される患者では、出発時の腎機能の評価がとても重要になりますので、クレアチニン血漿クリアランスという方法で糸球体濾過量(GFR)を正確に測定します。
このグラフは体重2.74kg、5歳のメス小型雑種犬のクレアチニン血漿クリアランス。クレアチニンを80mg/kg静注し、決められた時間で5回採血し、その濃度減衰曲線から糸球体濾過量(GFR)を求めたものです。この犬のGFRは6.45ml/min/kg(正常犬の平均=3.6ml/min/kg)で、腎機能は正常なことがわかりました。
- 犬や猫は人よりCKDにかかり易いと言われていますが、それは本当でしょうか?
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人でも犬猫でもCKDはどの年齢でも発生し、中年(犬猫では約7歳)以上になるとその発生率が増加するのは事実です。
ヒトの腎臓1個の重さは約100gで、そこには腎臓の機能単位であるネフロンが約100万個存在しています。
それに対し犬と猫の腎臓はそれぞれ約40gと20g、ネフロン数は約40万個と20万個ですから、腎臓1gあたりのネフロン数はヒトも犬猫も変わりありません。
しかも、犬猫はヒトより尿の濃縮力が優れており、ヒトでは尿を最大でも1.010程度にしか濃縮できないのに、犬で1.080、猫では1.090程度まで濃縮できます。
したがって、犬猫は同じ程度の脱水にヒトより耐えられるはずですから、自由に食事や水を飲める状態の飼犬や飼猫がヒトよりCKDを発症しやすいということは無いと思います。
- CKDは治るのでしょうか?
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CKDは様々な原因から起こりますが、腎機能がある低下すると、あとは異って速度で不可逆的に進行しますので、残念ながら不治の病と言わざるを得ません。
CKDの犬では適切な管理を行わないと一般に腎機能が直線的に、猫では階段状に低下し、診断から1〜3年以内に死亡するのが普通です(しかし、例外もたくさんあります)。
- CKDは不治の病なのに、それを治療する意味はあるのでしょうか?
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CKDは原因を治療しても、完治させることは出来ませんが、様々な方法で残された腎機能の急激な低下を抑えることはできます。
CKDで残された腎機能を進行性に低下させる因子としては、①糸球体の濾過過剰、②蛋白尿、③高血圧、④腎性二次性上皮小体機能亢進症、⑤貧血、⑥低酸素症などが報告されていますので、CKDの病期と症状に応じて、こうした因子をできるだけ排除できるような治療を行います。
- CKDになり尿量が非常に増えましたが、なぜでしょうか?
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CKDになると腎臓が血液を濾過して作った原尿を、血液の濃度と同じ状態(等張性)でしか再吸収できないため、通常は原尿の1%未満しか尿として排泄しないのに、それが2%以上になります。
例えば、体重10kgの犬で考えると、原尿(糸球体濾液)の産生速度は3.6kg/min/kgですから、1日で約52ℓの原尿が作られます。
正常では腎臓に濃縮力と希釈力が十分に備わっていますので、どのような状態でもその99%を再吸収し、残りの1%(520ml/日)を尿として排出します。
しかし、CKDで腎機能が低下し、尿の濃縮力と希釈力が失われると、再吸収量は98%以下に低下し、2%(1040ml/日)以上の尿が排泄されることになり、多尿となります。 - CKDと診断され、炭のような薬を処方されました。効果があるのでしょうか?
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この薬はクレメジンやコバルジンと呼ばれている人工活性炭で、腎機能の保護作用はありません。また、ジェネリック製品の実際の吸着効果を調べた研究もありません。
ヒトでは、血液透析を先延ばしにするためにこの薬を飲む患者もおられますが、日本人で1日6g(250mgのカプセルで24カプセル)、アメリカ人で1日9g(36カプセル)を服用しなければなりません。しかし、服用したとしても平均して10か月後には、血液透析を受けることになります。
単なる炭と同じですし、副作用は便秘ぐらいのものですから、症状を伴うCKDでは気休め程度の効果しかありません。
- CKDと診断され、アンジオテンシン転換酵素阻害薬を処方されてますが、安全な薬なのでしょうか?
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この薬はヒトの血圧降下剤として発売されましたが、副作用として咳がでることから、今ではあまり使われなくなりました。
メカニズムは良くわかっていませんが、蛋白尿の抑制作用があることから、犬猫のCKDで腎機能保護作用があるとして販売されています。
但し、獣医腎臓病専門医グループ(IRIS)のガイドラインでは、この薬は、脱水の症状を伴う患者には『急性腎障害』を起こす恐れがあるので、使うべきではないと警告されています。
したがって、皮下輸液を受けなければならないような患者では、こうした薬は腎毒素として働き、急性腎障害(急性腎不全)を起こす恐れがあります。
- CKDと診断され、アンジオテンシン転換酵素受容体拮抗剤を処方されていますが, 安全な薬なのでしょうか?
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この薬はセミントラと言う名前で、猫用のCKD治療薬として発売されているもので、犬には目的外使用となります。
作用機序は異なりますが、作用結果はアンジオテンシン転換酵素阻害薬と同じで、脱水を起こしやすい患者には使うべきではありません。
- CKDと診断され、プロスタグランディンI₂製剤を処方されていますが、安全な薬なのでしょうか?
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この薬はベナプロストナトリウムを主成分とするプロスタグランディンI₂製剤で、ラプロスという商品名で猫のCKD薬として売られています。
ヒトでもCKDにおける腎保護作用を期待した臨床試験が大々的に行われましたが、現時点でそれを明確に証明した研究結果は得られておらず、ヒトではCKD薬として承認されていません。
犬への使用は目的外使用で、その効果も証明されていません。したがって、猫では長期の副作用も不明で、犬での効果も証明されていませんから、投与する先生は人体実験と同じ感覚で処方されていると思います。
私は、薬屋の片棒を担いで動物の命を天秤にかけたくはありませんので、この薬は使用しません。ヒトで認可された段階で使用を考えようと思います。
- CKDと診断され、週に2~3回皮下輸液を受けていますが、この治療はいつまで続くのでしょうか?
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CKDで週に2~3回の輸液療法を受けなければならない患者の多くは、CKDの第3期や第4期に陥っています。こうした患者の多くは、いつ尿比重を計っても1.008~1.012の範囲の固定した尿比重(等張尿)をしめします。
これは腎臓が尿の尿祝力と希釈力を失ったことを示す重要な所見で、尿量は摂取した水の量とは関係なく体から排泄しなければならない物質(主に尿素・ナトリウム及びカリウム)の量で決まります。
体重10kgの犬が排出しなければならない物質の量は、一般に400 mOsm/日と考えられ、尿は血漿と同じ、浸透圧は血漿と同じですから300 mOsm/kgと考えると、1日の尿量は400÷300×1000=1333mlとなります。
もし、犬がこの尿量と同じ水を飲まない場合は脱水が起こり、尿量以上に輸液なので水分を投与すると体液過剰になり、いずれの場合も腎機能が低下する原因となります。
したがって、皮下輸液をいつまで続けるかは、犬に尿量と同じ水を常に投与できる方法が他にあるかどうかによって異なります。
当病院では、週に2~3回の輸液療法が必要な患者には、迷わず食道瘻チューブ(以前は胃瘻チューブ)を留置し、自宅で治療が出来るようにしています。
チューブを留置して生活する姿は、一見みじめで可哀想にみえますが、当の犬猫はほとんど気にせず、チューブから必要な栄養、水分、薬などを簡単に投与でき、残された寿命を全うすることが出来ます。
- CKDの進行を抑えるのに最も有効と考えられる治療法は何でしょうか?
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現在までの研究でCKDにおける腎機能低因子が5つ分かっています。それは、①糸球体の濾過過剰、②蛋白尿、③上皮小体機構亢進症、④高リン血症、および、⓹腎の低酸素症です。
①と②は食事の蛋白質量を制限することで軽減できます、食事の蛋白質を制限すると血中リンの低下にも上皮小体機能亢進症の抑制にも役立ちます。
しかし、CKDが既に進行した第3期や4期では多くの患者が既に蛋白制限食を食べていますので、腸内リン吸着剤を用いて体内へのリンの吸収を抑えなくてはなりません。
また、低酸素症では腎臓の細胞がエネルギーの元になるATPをうまく利用できませんから、ミトコンドリアの機能を活性化できる物質の投与が必要です。
しかし、CKDの患者ではそうした薬やサプリメントを毎日、長期に投与しなければなりませんから、絶対に副作用のないことが前提です。その意味では当病院で開発したリノパワーPが最良だと思います。
- かかりつけの病院の治療法に不安や疑問を感じた時はどうすればよいでしょうか?
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当病院のセカンドオピニオン制度をご利用ください。
かかりつけの先生の協力が得られる場合は、飼い主を交えた三者で、最も動物に適した検査と治療法を選択しますし、かかりつけの先生がセカンドオピニオンを拒否された場合は、新しい病院を紹介あるいは探して頂き、三者で知恵を絞りながら治療を進めます。
最近の事例では、北海道のN氏がCKDの治療に不安を感じ、セカンドオピニオンを受けられました。
飼い主様から提供された情報を基に、CKDの確定診断と腎機能検査を提案したところ、かかりつけの病院から協力を拒否されました。しかし、H大学であれば協力するとのことでしたので、H大学付属病院で診察をお願いし、同様な項目を検査して頂き、担当医の先生と相談した結果、新しい病院を紹介して頂き、現在順調に治療が進んでいます。
このように、かかりつけの先生に断られても、近隣の先生が受託して頂ける場合がありますので、安心してセカンドオピニオンをお受けください。